最大規模を誇る関東地方選手権表彰式、京王プラザホテルで開演!
2026年3月4日
地方モータースポーツ表彰式の中で最大規模を誇るJAF関東地方選手権表彰式が東京都内のホテルで執り行われた。さまざまなカテゴリーで鎬を削って好成績を収めた上位入賞者たちが一堂に会し、関係者らが見守る中で成績の認定と賞典が授与された。
2025年JAF関東地方選手権表彰式
開催日:2026年2月15日
開催地:京王プラザホテル コンコードボールルーム(東京都新宿区)
主催:JAF関東本部
2025年度の地方モータースポーツ表彰式のトリを務めるJAF関東モータースポーツ表彰式が2月15日に開催された。会場は前年と同様で東京都新宿区にある京王プラザホテルのコンコードボールルーム。1971年の開業当時に日本一と言われた超高層ホテルが式典の舞台で、関東管内のモータースポーツで輝かしい成績を残した選手たちを称えるに相応しい場所と言える。
当日は13時30分に受付開始とともに開場となり、14時から表彰式が開会、そして16時から祝賀食事会というスケジュールだ。JAF関東地方選手権はもちろん、JMRC関東のラリーカップ、ジムカーナシリーズ(オールスターシリーズ、チャンピオンシリーズ)、ダートトライアルシリーズを含めると、80を超えるクラスが表彰される式典プログラムだけに、地方モータースポーツ表彰式としては大規模な表彰式となった。
14時すぎ、表彰式の司会進行を務める柿沼佐智子氏の「ただいまより2025年JAF関東地方選手権表彰式を始めます」の発声でスタート。冒頭にはJAF関東本部の渡辺敬一郎事務局長がステージ上で「各競技、各カテゴリーで入賞されました317名の選手の皆さまに対し、日々の努力と研鑽の成果としてのご栄誉を称え、心よりお祝いを申し上げます」と挨拶。
表彰へと移行し、もてぎ・菅生スーパーFJ選手権、筑波・富士スーパーFJ選手権、ツーリングカー地方選手権 ロードスター・パーティレースIII ジャパンツアーシリーズといったレース部門の上位入賞者から賞典が贈られた。なお全日本スーパーフォーミュラ・ライツ選手権、Formula Beat地方選手権は受賞者が全員欠席のため、名前の読み上げのみで賞典の授与は割愛されている。
続いて東日本ラリー選手権、関東ジムカーナ選手権、筑波サーキットトライアル選手権、関東ダートトライアル選手権、全日本カート選手権 EV部門、ジュニアカート選手権、地方カート選手権(もてぎシリーズ、新潟シリーズ)の順で表彰が行われた。またJMRC関東はラリーカップ、ジムカーナシリーズ(オールスターシリーズ、チャンピオンシリーズ)、ダートトライアルシリーズが表彰となった。
プレゼンターは、レース部門と東日本ラリー選手権がJAF関東本部の渡辺事務局長で、関東ジムカーナ選手権と筑波サーキットトライアル選手権がJAF関東本部の吉川徹事業部長、関東ダートトライアル選手権がJAF東京支部の小川貴広事務所長、カート部門がJAF本部モータースポーツ部の箕輪幸子担当部長がそれぞれ務めた。
そしてJMRC関東シリーズのプレゼンターは、ラリーカップがJMRC関東の小口貴久運営委員長とJMRC関東ラリー部会の西井敏則部会長が、ジムカーナシリーズ(オールスターシリーズ、チャンピオンシリーズ)がJMRC関東ジムカーナ部会の後藤和弘部会長、ダートトライアルシリーズがJMRC関東ダートトライアル部会の古沢和夫部会長がそれぞれ務めている。
JAFもてぎ・菅生スーパーFJ選手権 表彰
JAF筑波・富士スーパーFJ選手権 表彰
JAFツーリングカー地方選手権 ロードスター・パーティレースIII ジャパンツアーシリーズ 表彰
JAF東日本ラリー選手権 表彰
JAF関東ジムカーナ選手権 表彰
JAF筑波サーキットトライアル選手権 表彰
JAF関東ダートトライアル選手権 表彰
JAF全日本カート選手権 表彰
JAFジュニアカート選手権 表彰
JAF地方カート選手権 表彰
JMRC関東 表彰
すべての表彰が終わり、会場を移して16時から第二部の祝賀食事会となった。祝賀会場中央には色鮮やかな料理が長テーブルの上にズラリと並び、その周囲に丸テーブルがレイアウトされ、出席者はカテゴリー別に円卓を囲んで和やかな雰囲気に。乾杯の音頭はJMRC関東の小口運営委員長で、参加者はソフトドリンクやアルコールが入ったグラスを片手に小口運営委員長の挨拶に耳を傾けつつ、「乾杯!」の声で宴がスタート。
立食形式で食事や歓談を楽しんでいる中、第一部に続き司会進行を務める柿沼氏がチャンピオンインタビューを開始。レース、ラリー、ジムカーナ、サーキットトライアル、ダートトライアル、カートと、各カテゴリーを代表するチャンピオンたちがステージに登壇し、昨シーズンの振り返りや今シーズンの目標などが語られ、会場内では拍手が巻き起こっていた。
食事会として設けられた約1時間15分はアッという間に過ぎ、料理もキレイに空き皿だけが残る状態に。最後はJMRC関東の関根基司副運営委員長が中締めの挨拶を行い、一本締めでお開きとなった。2025シーズンはこれで一区切りつき、2026シーズンに向けて新たな意気込みを見せる選手たち。間近に迫ったシーズンインから目が離せない。
2025年JAF関東地方選手権「初」チャンピオンインタビュー
「どうすればチャンピオンを獲れるかひとつひとつ詰めていきました」と津田選手は2024年の不調を踏まえて、2025シーズンの戦略を練っていたが、開幕してしばらく手応えはつかめなかったという。「7月の筑波サーキットで酒井翔太選手に負けたとき、走りながら“これがコツか!”と気づいた瞬間があったんです。そこから急に安定感と速さが一段階上がりました」ときっかけを語る。そのコツとは「突っ込みすぎず、力まないようにリラックスする」とのことだ。ライバルの酒井選手については「クリーンに戦える、すごく速いドライバーですね。動画を見ても“ここはあえて引いたんだな”という冷静さがありました」と敬意を示した。自身については「当たり負けしやすい部分がある反面、俯瞰してレースを組み立てられるタイプ」と評す。大学で機械工学を学ぶだけあって「レースと理論を結びつけ、ドライバーとしても技術者としても上を目指したいです」と抱負を語った。
ツーリングカー地方選手権のトップに立った山田遼選手は、「絶対にチャンピオンを獲ってくださいと言われていたし、もちろん狙っていました」と語る。開幕戦は雨の富士スピードウェイで、ポール・トゥ・ウィンで好発進したが、「ほんの少しのセッティングの差で結果が変わりましたね。ツメが甘くて取りこぼしたレースもありました」とシーズンを追いかける難しさを明かす。転機が訪れたのは鈴鹿サーキットとモビリティリーゾトもてぎでの連勝だ。だがベテランが多いカテゴリーだからこそ、最後まで気が抜けなかったと言う。最終戦の岡山2連勝で王座を決め、「チームに支えてもらって獲れたチャンピオンです」と胸を張った。そんな山田選手、自身について「特殊なコンディションに強いと思います。メンタルがぶれないのが武器でしょうか」と分析。2026年はスーパー耐久シリーズに倶楽部MAZDA SPIRT RACINGから参戦が決定している。「スプリントもチャンスがあれば出たいですね」と新たな挑戦を見据えている。
村里選手と御纒喜美子選手は夫婦クルーで、村里選手が旧姓で参戦している。そんな村里選手は「JMRC群馬ラリーシリーズで3年くらい経験を積んで、JAF東日本ラリー選手権に出始めたのが2020年、6年目でようやくチャンピオンを獲ることができました」と、長い道のりを経てのタイトル獲得だったことを明かす。その6年目の悲願成就は「年間とおして成績が安定したからでしょうか」と分析、分かったこともたくさんあったようで、いろいろと収穫が多かった2025シーズンだと振り返った。そして視線は2026シーズンに向けられている。「ラリー当日で変えられるようなセッティングの選定、また天候の読み、レッキしたときと本番でどう変化するのか……。予測じゃないんですけど、そういうところが詰められたら連覇もイケそうかな、っていう風に思ってます」と目標を語った。すでに今シーズンは始まっているが、優勝を果たしての二連覇に向けて、夫婦で更なる進化を目指して駆ける。
「2025年のJAF東日本ラリー選手権は嬬恋ラリーに出たのが初めてだったんです。どれくらいやれるのか分からない状態で出たんですけど、まずは3位入賞を果たしました。初戦から好調な滑り出しとなったのが大きな要因だったと思います」と、第1戦のラリーが地区戦初王者に輝けたターニングポイントだったことを挙げる御纏選手。「ひとつでも上の順位でフィニッシュしたいっていう気持ちは持ってるんですけど、チャンピオンを目指す以上はうまくまとめるっていうことも時には必要だと思います」と、優勝することがすべてではなく、3位で戴冠を確定させた第5戦のようなクレバーなラリーも重要視した。ディフェンディングチャンピオンとして臨む2026シーズン、開幕からスノーラリーで2戦続けて2位入賞を果たしてすでにランキングトップの座を守る。「昨年は1回も優勝しないでチャンピオンを獲ったので……。今年は1回とは言わず、できる限り優勝を狙っていきたいと思います」と意気込みを見せた。
伊東選手は2台のZZT231型セリカを路面によって使い分け、伊東選手いわく“運転手さん”(ドライバー)にドライブしてもらう珍しいスタイルを採るコ・ドライバーだ。2025年はダートトライアルにも参戦する佐藤史彦選手を盛りあげるべく車両を提供して組み、東日本ラリーに参戦。第1戦で勝ってアドバンテージが獲れたことが、チャンピオン獲得の要因だったそうだ。コ・ドライバーの伊東選手がドライバーにセリカを託す中には苦労も多いようで、「“運転手さん”によってタイヤもアシも好みが違うし、(ペースノートも)英語だったり、私がつくって読んだり、十人十色で難しいです」と言う。そこは完走第一のラリーに徹しているとのこと。楽しめるラリーを第一にスポット参戦が多い伊東選手。「セリカ2台はベースは29万円と50万円なんです。古いクルマでもエンジョイ派でもラリーができるよ、安く始めてみませんかって。若い人がちょいちょい『セリカに乗ります』って出てきてるのはうれしいですね」と、ラリーの裾野拡大を願っている。
KAWA選手が組んだドライバーのいりえもん選手との出会いは、KAWA選手が趣味とするアイスクライミング中。スノーアタックをしていたいりえもん選手の無線と混線したことがきっかけでSNSでつながり、いりえもん選手のコ・ドラ募集に「面白そうだし『やったことないけど大丈夫ですか?』って聞いたら『いいんじゃない?』って言われて」とクルーを結成。2024シーズン第6戦の羽州ラリー2024で東日本ラリー選手権にデビューし、翌シーズンはBC-4にフル参戦、3戦中2勝を挙げて王座に就いた。「デビューから数戦は大変で、ロストから復帰する場所ばかり探してました。ロストしなくなっていい感じで読めるようになったところでクルマが仕上がってきて、ペースが上がり、第5戦の八子ヶ峰はSS1で久々にロストも同然って感じになりました」とのことで、まだ課題は多いそうだ。「名前を覚えてもらうためには、目立つ名前の方がいいかな」と、JAF全日本ラリー選手権に挑む2026年は本名からライセンスネームを変更したKAWA選手。「いりえもん選手に『コ・ドラのおかげでここまで走れた』って言われるようになりたいです!」と夢を語った。
新潟県のJAF公認ジムカーナコースR-Spec Kakizakiのオーナーである古田選手は「出られるところにスポットで参戦して、偶然が重なってチャンピオンになっただけです」とチャンピオン獲得を謙遜するが、成立した3戦全勝の速さを見せた。2016年から一時レースに転向していたが、ジムカーナに戻った理由は「ATクラスができたからです」と、シンプルにAT車で楽しく走れることが肝心であると説く。「(アルピーヌ)A110は良いクルマだから、どこを走っても楽しいんです。(スポーツランド)TAMADAも行ったことないし、奥伊吹(モーターパーク)もないし、筑波(コース1000)も初めてだったし。TAMADA初コースでは、2本目に山野哲也選手とコンマ1秒差だったことが印象に残っています」と、2025シーズン一番の走りに2位を獲った全日本ジムカーナ選手権 第3戦を挙げた。「今年は全日本の7戦中6戦に参戦、北海道まで行こうと考えています」と、全日本PE1クラスに集中してジムカーナを楽しむそうだ。
「ダブルエントリーしている先輩からシリーズを追おうと誘われたんですけど、そのときはチャンピオンなんて考えていませんでした。中村誠司選手を一回やっつけようって、そんなテンションです(笑)」と開幕前を振り返った篠崎選手。それでもAT車で挑んだ初戦の本庄サーキットでまさかの優勝を遂げた。「思っていた以上に行けましたね。 ATでも操作次第でテクニックの差が埋められるし、うまくいけばMTにも勝てるのでは?」と感触をつかんだ。「今は世の中の95%がAT車という時代です。10年後、MT+サイドブレーキ前提のジムカーナが続くのか疑問で、選べる車種がなくなる前に、ATでもこんな走りができるんだと広めたかったんです」と言う。実際の競技ではCPU制御に悩まされる場面も多かったが、「ターンもできるしスポーツ走行は楽しいですよ」とAT車の魅力を強調する。2026シーズンは継続参戦を予定しており、AT車のさらなる可能性を追求していくとのことだ。
田尾選手は2020年に大学自動車部以来のジムカーナに復帰した。そこから5年が経った2025年、日産ノートe-POWERニスモS を投入して地区戦にフル参戦。「とても好きなコースであるさるくらモータースポーツランドで、e-POWERを走らせるコツをつかむことができたように思います」と、第4戦でついに地区戦初優勝を遂げる。さらに「コース中盤に設定されたフリーターンで右輪のドライブシャフトを痛めたのですが、右足と駆動力が一体化したような感覚になってシャフトを壊すギリギリの駆動力 をかけながら走り切り、驚くようなタイムが出ました」と第5戦を制し、第6戦も続けて優勝で三連勝。「e-POWERが予想以上のポテンシャルを発揮、最高の結果をもたらしました」と、地区戦初戴冠を果たした。自動車メーカーの研究開発に従事し、博士号を取得している田尾選手は全日本PN1クラスにステップアップする。「応援してくださる方に渾身の走りで感動をお返しできたら、車両運動屋としてこれ以上のものはございません」と、ノートとともに新たな舞台に挑む。
ジムカーナ歴は9~10年という内田選手。これまで県戦では栃木・茨城でタイトルを獲っていたが、「地区戦はレベルが高かったです。まさか自分が獲れるとは想像していませんでした」と言う。「初めて地区戦のチャンピオンを獲れてうれしかったですね」と率直に喜びを語った。2025シーズンはジムカーナを10年やってきたことが出た年と総評し、場数を踏んだ経験が結果につながったとのこと。とくに印象深かったのはスピードパーク新潟で、「タイヤで不利だと思っていた中、優勝できたんです。あれで狙えると思いました」と、その勝利がタイトルの大きな分岐点となった。次の目標を見据えたいところだが、まさかの事故でクルマが廃車に……。「ベース車探しからです。すぐには参戦できそうもありません」と苦しい胸の内を吐露。しかし「ロードスターにこだわります。自分に合うし、小さいクルマが好きなんです」と復帰への意欲は強い。クラブの練習会にも参加し、準備を進めるつもりだという。
若林選手は今回の京王プラザホテルという式典会場に対し、「18歳で大学の自動車部に入ったころ、創部30周年イベントがここだったので、とても感慨深いです」と、自身の初チャンピオンの表彰の場として再び訪れたことに胸を熱くしていた。学生時代以降は長いブランクがあったが、約10年前にスバル・BRZでジムカーナに復帰。「運転が大好きで、神奈川や東京、千葉の県戦にも参加していました」と腕を磨いた。そしてトヨタ・GRヤリスに乗り換えて以降は「県戦に居場所がない感覚がありましたね」と感じ、4WDクラスの仲間に惹かれて地区選に参戦。「格上ばかりの中で1年頑張れば成績はついてくる」と気づき、本格的にシリーズへ挑み始めたそうだ。2026シーズンは旧型GRヤリスの酷使により、一旦リセットして新体制へ。さまざまな状況を視野に入れ、柔軟に構える。そんな若林選手にとってモータースポーツは「人生のオアシス」だと言う。闘病していた妻の言葉を支えに「楽しく競技して楽しく帰りたい」と、家族への感謝も述べていた。
筑波サーキットのライセンスを取得したとき、サーキットトライアルの存在を知ったという平川選手は「慌ててBライを取って、エントリーとかギリギリでした(笑)」と参戦のきっかけを振り返る。だがサーキットトライアル初挑戦ながら、速さを見せて戴冠を果たした。「皆さんとてもマナーが良く、初心者が参加してもすごくラクでした」とサーキットトライアルへの印象を語る。実際に走ってみると学びが多かったようで「アライメントの調整を毎戦やっていて、もっと良いセッティングがあるんじゃないかという葛藤もあり、いつもパズル感覚でしたね」と笑う。そんなサーキットトライアルの難しさを目の当たりにしつつ、「複合的な要因から『コレだ!』っていうものを見つけ出し、瞬間的にタイムが出せるんです。それを探し出すのが面白かったです」と醍醐味を挙げた。2026シーズンは走行会で叩き出した“分切り”を再現し、レコードタイム更新を狙う。
ポルシェ718ケイマンGT4でサーキットトライアルに挑む松代選手。同じ車両を操る森田正穂選手との勝負は筑波サーキット名物と言っても過言ではない。「ライバルがいてこそですね。同じクルマなのは厳しい部分もある反面、面白くもあります。長い間、森田選手とは争ってきましたが、やっと勝てました」と念願の王座に就くことが叶った。「ドライビングスクールに行ったり、とにかく気合いを入れました」と準備を行い、スクール受講中には新たな気づきもあったそうだ。「最終コーナーやダンロップコーナーとか、『そういう走り方があるんだ』って発見がありましたね」と固定概念で走っていた部分を見直したという。また「タイヤって走ると劣化するので、1~2周でアタックを止めて、新品タイヤの美味しいところを維持してセーブしたんです。それもうまくいきました」と、タイヤの使い方の工夫にも余念がない。2026シーズンはケイマン勢がCT1クラスでの戦いとなるが、松代選手は自己最高の走りを求めて再びサーキットを攻め続ける。
伊澤竜選手は昨シーズンを「淡々とやれることをやって走っただけです」と振り返る。サーキットトライアルへの参戦は、参加台数が足らなくなりそうで声がかかったことがきっかけ。JAF公認への参加は初で、車両規定を細かく確認してエントリーを果たした。これまで自身が草レースで培ってきた予選の走り方を応用して挑んでみると、「走ってみての印象は想像どおりでしたね。ただ、“一発勝負”を避け、着実にまとめる姿勢に心構えを変えました」と好タイムの要因を分析。今回の表彰式でトロフィーを受け取った瞬間は「うれしいですよ、もちろん」と語り、「遅咲きだけど、2位でも3位でもうれしいです」と笑顔を見せた。2026シーズンは同クラスに参戦し、「もう少しグイッと行きますよ」と意欲十分。岡山国際サーキットへの遠征やJAFカップへの参戦も視野に入れている様子。モータースポーツについては「冷静な判断力を鍛えられる、自分の表現の場。好きなら一歩踏み出せば仲間になれる」と語り、サーキットトライアルを「入門として最適」と勧めた。
赤のZC31型スイフトスポーツを駆り、2024シーズンの最終戦でサーキットトライアルデビューを果たした山田選手。「走行会やフリー走行から始めたい」と色々調べてたどり着いたのがサーキットトライアルだ。とは言え右も左もわからない状況だったが、デビュー戦で2023年CT5クラス王者の石井仁選手にいろいろと教わったことが、山田選手の走りに影響を与えたことも多く、非常に感謝していた。ベストランは最終の第4戦で「雨でオイル処理のおが屑が出てコンディションが悪い日でしたが、レコードのコンマ8秒落ちと、うまくまとめられたことですね」と、理想に近いキレイな走りができたことだ。「周りのレベルの高さはもちろん、緊張感とか結果を残さなければならない使命感とか、練習や走行会とは大きく違いましたね」とサーキットトライアルの難しさを挙げつつ「フリー走行の経験しかない人のサーキット入門編としては入りやすいカテゴリーだと思います」と魅力を語った。2026年はサーキットトライアルに加えてレースデビューも予定し、新たなステージへと踏み出す。
「ダートラを始めて5年目です。地区戦は2シーズン目に入り、2024シーズンは1ポイント差でチャンピオンを逃しました……」と悔しい思いをバネに、2025シーズンに臨んだ佐藤選手。2季目は速さにより磨きをかけて初戴冠を遂げた。「丸和での地区戦初優勝を第5戦で決めて波に乗れたのが良かったです。丸和でしか使わないスーパードライタイヤを使いこなせるようになったのが一番の要因だと考えています。一発のタイムを出す走り方を丸和で見つけた感じですね」と、このきっかけが好走につながった。そして2026シーズンは全日本での優勝を狙うチャレンジと並行して、地区戦で新たな目標を据える。「モーターランド野沢では1勝もできていないんです。丸和とリズムが違うので、タイムが出る走り方と路面の選び方を研究します。エンジンとダンパーをオーバーホールしたので、それがプラスになるといいかな」と2連覇とさらなる飛躍を期す。
海外遠征のために欠場した最終大会を除き、8戦8勝と圧倒的な速さで2025シーズンを駆け抜けてきた坂野選手。2024年の挑戦でチャンピオンを獲ることが叶わなかった点が相当悔しかったようで、「リベンジして獲ることができたのでうれしいです」と笑顔を見せる。その飛躍の理由として、毎戦自信を持ってレースできたことを挙げた。実は第4大会でシャシーをOTK(ギラード)からKRに変更しており、練習では手ごたえがイマイチだったものの、決勝ではきっちり優勝していることも自信の表れだ。「とくに悩むことはなく、全部のレースで調子が良かったんです。全部優勝できて楽しかったという印象でした」と語り、最大のライバルは自分自身だったという。ジュニアカート選手権が併催されるGPR KARTING SERIESでスカラシップを得て、2026年はいよいよOK部門に挑戦する。「2024年チャンピオンの酒井涼選手や2025年チャンピオンの酒井仁選手に憧れているので、OK参戦初年度から優勝を狙って頑張ります」と頼もしいコメントを残した。
「チャンピオンを獲れたことは本当にうれしいけれど、ほかのシリーズでも獲りたかった」とタイトル獲得に貪欲な姿勢を見せる阿部選手。2025シーズンで最も印象に残るのはモビリティリゾートもてぎで行われた第2大会で、ランキング2位の久田朱馬選手との激しいバトルだ。スタート直後に3番手まで後退するも、「ガチャついていたのに1位を獲れたのは奇跡でした。そこで自信がついて勝ち続けられたんだと思います」と語る。2026シーズンはジュニア部門へステップアップを始め、FS-125/X30jrにも出たいと意欲的だ。憧れのドライバーは所属チームのミツサダ PWG RACINGの酒井龍太郎選手。「コーナーでなら勝てるかもしれないと思っていっても、龍太郎君は速さも曲げ方も全然違う。技がすごいんです」と尊敬の念を抱く。阿部選手にとってのカートはスピードとスリルの魅力があり、「走るのは好きだけど、もっと走れるようになって勝ち続けたい」と語る。将来の夢は「フェルナンド・アロンソ選手みたいにF1でワールドチャンピオンを2回獲ること」だ。
織田選手は2025シーズンについて「アップダウンの激しい1年でした」と答えた。開幕戦の新東京サーキットでは雨の中、苦手意識を覆して12秒ものぶっちぎりで勝利。第2戦も激しい攻防の末、テール・トゥ・ノーズで連勝し大きな自信をつかんだ。しかし神戸スポーツサーキットの第2大会では走行不足が響いて苦戦。巻き返しを狙ったスポーツランドSUGOでは、予選をノースリップで2番手につける速さを見せ、決勝では4秒ぶっちぎって勝利する。スピードパーク新潟と中山カートウェイの大会が不成立となり、有効ポイントでタイトルを決めたが「うれしい反面、もの足りなさもありました。本当は走って勝ちたかったですね」と複雑な思いがあったようだ。だが待望の初タイトルについて「すごくうれしい」と顔をほころばせた。2026シーズンは海外挑戦も視野に入れ「FIA KARTING ACADEMY TROPHYを始め、いろんなレースに出たい」と意欲十分。自身を「一発が速いドライバー」と表現する織田選手は、さらなる飛躍を誓った。
2026年JMRC関東クラブ・団体代表者会議
JMRC関東が30回目となるクラブ・団体代表者会議を、JAF関東地方選手権表彰式前日の14日に東京都港区のJAF東京支部3階Park会議室にて開催した。JMRC関東は午前中に運営委員会を開催、午後イチからの代表者会議に備えて運営委員が議題の内容などの最終確認などを行った。
代表者会議にはJMRC関東運営委員と、所属する各クラブ・団体の代表者が出席。さらにJAF関東本部およびJAF東京支部からは渡辺敬一郎事務局長、吉川徹事業部長を始め5名の職員が、そして公益財団法人スポーツ安全協会から事業部の竹内功主幹も出席した。
代表者会議はJMRC関東の小口運営委員長、そしてJAF関東本部の渡辺事務局長の挨拶で幕をあけた。再び小口運営委員長が壇上に立ち、2025年度JMRC関東の活動報告を行い、財務委員を兼任する関根基司副運営委員長が2025年度決算を報告。小口運営委員長が補足した後に、安田真也監事が監査報告を行った。続けて1都9県の各支部長、そしてジムカーナ、ラリー、ダートトライアル、レースの各部会長が2025年度の各支部・部会の活動と決算を報告した。
2026年度の役員人事と予算については小口運営委員長が人事を、伊藤貴雄財務委員長が予算を報告。スポーツ安全保険委員長も務める関根副運営委員長が保険について2025年度の報告と2026年度予算の変化を報告した後にスポーツ安全協会の竹内主幹が登壇。モータースポーツに挑む選手、競技会を支えるオフィシャルなどの活動を補償するスポーツ安全保険について、JMRC関東で受けることができる補償などを説明。
そしてJAF東京支部事業課モータースポーツ係の川合千裕氏が仮ライセンス発給とクラブ印について、JAF会員期限切れで2026年モータースポーツライセンスを更新する際のグレード引継ぎ特例の注意点、オートテスト開催時の参加者リストのJAFへの提出について説明。最後に質疑応答が行われて代表者会議は幕を閉じた。
代表者会議の後は芝パークホテルに会場を移し、交流会を実施。会議出席者の多くが参加し、JAF職員や初参加の方々の紹介も行われた。所属やカテゴリーを越えて一堂に会する貴重な機会の中、ホテル自慢の料理を味わいながら親睦を深めた。
PHOTO/大野洋介[Yousuke OHNO]、長谷川拓司[Takuji HASEGAWA]、JAFスポーツ編集部[JAFSPORTS] REPORT/JAFスポーツ編集部[JAFSPORTS]



