四輪デビューをついに実現! 三村壮太郎がGR86/BRZ Cupで堂々7位
2026年9月24日
2025年全日本カート選手権 EV部門チャンピオンの三村壮太郎選手が、9月5~6日に富士スピードウェイで行われたTOYOTA GAZOO Racing GR86/BRZ Cup 第5大会 クラブマンシリーズで、四輪レースに初参戦。雨中の難しいレースでスターティンググリッドから10ポジションアップを果たし、7位フィニッシュで記念すべき一戦を飾った。
今回、GR86/BRZ Cupで四輪レースデビューを飾った三村壮太郎選手は、ジュニアカート選手権時代から全国トップレベルの実力で名を馳せてきたドライバー。佐々木大樹選手をはじめ、プロドライバーとして現在四輪レースのトップカテゴリーで活躍する選手たちとカートレースで競い合い、何度となくそれを討ち破ってきた。ただ速くて強いだけでなく、朗らかで実直な人柄でもカート界から広く愛されている人物だ。
ただ、全日本カート選手権でたびたびチャンピオン候補として手をかけながら、それをことごとく獲り逃してきた悲運のドライバーでもあった。そんな三村選手が2025年、全日本カート選手権 EV部門でついに悲願の全日本チャンピオンを獲得した。このとき、三村選手は34歳だった。
全日本EV部門のチャンピオンには、スカラシップとしてFIA-F4の参戦権が与えられることになっている。だがこれは、ステップアップを目指す十代の若手ドライバーを想定したもの。そこで三村選手には後日、本人の意向を汲んで代わりの賞典が用意されることになった。
まず、三村選手に後進を育成したいとの思いがあったことから、トムスがシティサーキット東京ベイで主催するキッズカートスクールの講師役が決まった。それに続いて用意された褒賞が、TOYOTA GAZOO Racing GR86/BRZ Cupクラブマンシリーズの2026シリーズ終盤3レースへの参戦サポートだった。
「今からプロレーサーを目指すことは考えられないんですが、やっぱりクルマやレースは好きなんです。ただ、自分の予算で(四輪のモータースポーツを)やるとなったら、フォーミュラは選択肢にはありません。やるならハコのレースやジムカーナがいいと思っていました」
「それと、仕事でタイヤのテストドライバーをやっているので、限界走行を極めることは自分の仕事にもつながるんじゃないかという気持ちもありました。それで、もしFIA-F4の代わりにレースに出してもらえるならハコがいいなっていう話を、谷本さん(全日本カート選手権 EV部門を運営する株式会社トムスの谷本勲代表取締役社長)にはしていました」
カートでは日本屈指の存在として知られる三村選手だが、四輪の競技経験はゼロ。サーキット走行の経験も単発イベントで軽く走った程度のものだった。そんな三村選手が四輪レース初参戦に先立ってサーキットを練習で走れたのは、スポーツ走行の3枠のみ。あとは、今回の所属チームであるHC GALLELYのシミュレーターを借りて練習するくらいのものだった。
そうして臨んだレースウィーク。三村選手は大会前日の金曜日の専有スポーツ走行で、ウェットコンディションの中、グループ2番手のタイムをマークした。
「初めて(同じクラスの)みんながトランスポンダーを積んで、ちゃんと比較ができる機会で、初めてのウェット走行ですごく不安でした。でも実際に走ってみたら、ウェットの方がレーシングカートのような勢いで走れる。とにかく突っ込んで、ハンドルでずっと曲げるだけっていう。それで専有走行でグループ2番手になって、雨ならいけるなって手応えがありました」
GR86/BRZ Cupのチームが集まるパドックや、所属チームとなったHC GALLELYの雰囲気も、とても良かったという。
「このレースにはカート上がりのドライバーが多いので、みんなが声をかけてくれて、すごくリラックスできました。チームもすごくやりやすい雰囲気をつくってくれました。僕は四輪レースが初めてなので、分からないことや不安なことがいろいろあったんですが、運転のことに関してはチームの先輩ドライバーである島拓海さんが親切に教えてくださいましたし、マシンについても他のことでも『不安なことはすぐに聞け』って環境をチームがつくってくれました」
「とくにここまでの練習走行では、島さんが先導走行をしてくれたりロガーを一緒に比較してくれたりで、要するに僕は島さんのコーチングを受けていたんです。いつもカートでは僕がコーチングをする側なんですが、コーチングを受けるのはなんて楽なんだって思いました(笑)。島さんのロガーの比較なんかがなかったら、このペースに上がれるまで多分3倍くらい時間がかかったと思います。コーチングっていうのは近道なんだと痛感しました」
大会初日。最大出走台数を大きく超える69台が出走したGR86/BRZ Cupクラブマンシリーズは、A/Bふたつのグループに分かれて11時に予選が始まった。雨上がりのコースはずいぶん乾き、ほぼドライコンディション。三村選手はAグループでの出走だ。
各グループ15分間の予選が始まると、三村選手はピットロードに停めたマシンのシートに座り、コースインのタイミングをじっくりと待つ。そして残り5分を切ったところでコースインした。たった1周のみのアタックでマークしたタイムは、グループトップのマシンと1秒225差の2分6秒029。グループ9番手で余裕の決勝進出を果たした。とはいえ、この予選にはひとつの誤算があったという。
「(カート時代から旧知の)渡部智仁君が速かったので、僕は渡部君についていって2周アタックする予定だったんですが、渡部君がコースに出ていくのがちょっと後れてしまったらしくて、それについていったら1周でチェッカーが出ちゃいました。しかも前のマシンに詰まってしまって、それがなければあとコンマ7、8秒は短縮できたはず。予選に関しては反省ばかりです」
そんな三村選手にはこの日、まだ大きな仕事が残っていた。予選の正式結果を確認するとすぐ、東京都江東区のシティサーキット東京ベイまでクルマを走らせ、そこで17時~20時半に開催されるキッズカートスクールの講師役を務め、また自走で富士スピードウェイに戻ってくる。三村選手が富士スピードウェイ近くのホテルに戻れたのは23時ごろだったという。
大会2日目。富士スピードウェイには朝から雨が降り始め、8時50分にフォーメーションラップの開始時間を迎えるGR86/BRZ Cupクラブマンシリーズの決勝はウェットレースになった。気温は21度。コースは全体がしっとりと濡れているものの、大きな水溜りができるまでには至っていない。予選の全体ベストタイムを三村選手と同じAグループの選手がマークしたので、A/Bグループが交互に並んだ結果、三村選手のスターティンググリッドは17番手になった。
「どんなコンディションであれデビューレースに変わりはないので、晴れでも雨でもいいとは思っていたんですが、予選でちゃんと実力を出し切れなかったのをすごく後悔していたので、起床してホテル周辺の地面が雨で濡れているのを見たときは『やった!』と思いました(笑)」
「初めての四輪レースを前にして緊張はなかったんですが、やっぱり勝手が分からなくて……。スタート進行で出走前集合の時間があることを知らなくて、チームテントからヘルメットを被って完全装備でグリッドに向かったら、そんなことしているのは僕だけでした」
三村選手の小さなドタバタを経て、水煙を巻き上げながらの45台によるフォーメーションラップが始まり、8時56分に10周のレースがスタート。三村選手の四輪初レースがいよいよ始まった。ここでカートでもレインマスターとして名を馳せる三村選手の腕前が生きた。密集するマシンの中で大きくポジションを上げ、1周目を9番手で戻ってきたのだ。
「スタートはあまり練習してなかったんですが、いざクラッチミートをしたらマシンが進んでいって、うまくいったと思ったら、両サイドから抜かれたんです。そのときに『俺はスタート失敗してたんだ』って初めて知りました(苦笑)」
「1戦目なので1コーナーはとにかく安全なところでしっかり曲がろうと思って、中段あたりのポジションで安全そうな一番イン側を走っていました。そうしたら、前の方にみんなと違うすごい狭いところを攻めている島さんの姿が見えて、やっぱりあのくらいやらなきゃダメなんだとすごく刺激を受けました。そこからはチャンスがあるところはしっかり飛び込もうって意識を持って、前の隙間にマシンを差し込んでいくのを繰り返していたら、自然と順位が上がっていきました」
1周目にアクシデントで停止したマシンがあり、レースは2周目からセーフティカーの先導走行になる。4周目の終わりにセーフティカーがコースを去り、レースが再開。三村選手は3台が連なった7番手グループの末尾に続き、前を懸命に追い続ける。そして最終ラップにひとつ順位を上げ、8番手でゴール。
6番手のマシンがペナルティを受けたことで、三村選手は四輪初レースにして、激戦区のGR86/BRZ Cupクラブマンシリーズで7位という見事な結果を獲得した。ベスト10圏内でのゴールという目標を達成する。
「セーフティカー明けのラップにもっとちゃんとプッシュすれば良かったのに、待っていたら後ろの1台に抜かれてしまいました。セーフティカーで一回集中が切れてしまったんですよ。そこは決勝の中で一番後悔している点です。レース中に一度タイヤが滑ったことがあって、あのときは終わったと思いました。でもあれは攻めた結果なんで、うまく立て直せた自分を褒めたいと思います」
「僕のマシンはチームのセットアップがすごく決まっていて、ダンロップコーナーの調子が良かったので、最後にそこでブレーキング勝負を仕掛けて抜くことができて、すごい気分が良かったです。トップ10を目標に参加していたので、それを達成できたこともすごくうれしい。7位という結果には満足しています」
「でもやっぱり、前にいた車両とうまくタイミングが合わなかったこととか、ミラーに後ろの車両が映ると動揺してしまったこととか、反省点もありました。セーフティカーの先導走行中に集中力が切れたことにも理由があるんです」
「このレースにはベストパフォーマンス賞というのがあって、僕はいっぱい順位を上げたからもらえるんじゃないかなと思っていたら、前の方で島さんが僕より順位を上げてるんですよ。それを見て、ああベストパフォーマンス賞が奪われるって考えていたら失敗しちゃったんです。あれは本当にダメでした。ただ、ベストルーキー賞はもらえました」
初体験ずくめだった四輪初レース。三村選手はレースそのものの他にも、カートレースとの違いを感じたことがあるという。
「GR86/BRZ Cupでは金・土・日曜日のそれぞれ1本しか走らないんです。タイヤメーカーの社員として会場を訪れた全日本ジムカーナでも、参加者たちは一日で1分半のヒートを2回走るために、データロガーを見たりセッティングをいじったりして、常にできることのすべてを突き詰めていました」
「それに比べて、カートでは練習できる量がずっと多いですよね。四輪レースではこれだけ練習量が少ないとなると、密度を上げなくちゃいけない。そういうところをカートのドライバーはもっと見習う必要があるなと思いました」
そして三村選手は、今回のレースをこう総括した。
「GR86/BRZ Cupって、噂ではぶつかっちゃうのが当たり前くらいだって聞いていたんですが、走ってみたらそんな雰囲気は全然なくて、マナーのいいレースでした。皆さん僕より経験値が高いこともあって、ちゃんとスペースを空けてくれますし、僕も空けますし、そういうことがきちんとできているレースでした」
「カートでは僕は煮詰まりすぎているところがあるんですが、四輪レースでは逆にゼロの段階から煮詰めていく作業がすごく楽しかったです。HG GALLERYさん、トムスカートクラブさんをはじめ、今回の参戦に力を貸してくださった方々には感謝、感謝、感謝しかないです」
三村選手のGR86/BRZ Cup参戦計画は、まだ鈴鹿大会ともてぎ大会の2戦が残っている。三村選手はそこにどんな抱負を抱いて挑むのだろう。
「鈴鹿の国際レーシングコースは一度も走ったことがないんですが、どうやら事前練習には行けなさそうなんです。なので、シミュレーターでしっかり練習して備えます。ただ、GR86というクルマの動かし方自体は今回のレースでつかめたので、早めにコースを覚えて、結果を出せる段階に持っていきたいと思っています」
「シングルフィニッシュという目標は今回で達成できたので、次は表彰台を狙っていきたいです。未知数ではあるんですが、今回くらいしっかりクルマを動かせれば、チャンスはあるんじゃないかと思っています」
PHOTO/今村壮希[Souki IMAMURA]、吉見幸夫[Yukio YOSHIMI]、JAFスポーツ編集部[JAFSPORTS] REPORT/水谷一夫[Kazuo MIZUTANI]、JAFスポーツ編集部[JAFSPORTS]



