高橋国光氏が文部科学省より令和元年度スポーツ功労者顕彰を受ける

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2020年8月12日

日本のスポーツ振興に関して特に功績顕著な人材を「スポーツ功労者」として顕彰している文部科学省が、令和元年度のプロスポーツ関係者を対象とした顕彰で高橋国光氏を選出。7月27日、ソーシャルディスタンスを確保した文科省内において顕彰式典が行われた。

令和元年度スポーツ功労者顕彰(プロスポーツ関係者)
開催日:2020年7月27日
開催地:文部科学省旧庁舎

文部科学省旧庁舎講堂で行われた顕彰式典。推薦団体関係者の他、多くのメディアがソー密集を避けながら衆参。
令和元年度のプロスポーツ関係者を対象とした被顕彰者は5名。モータースポーツからは高橋国光氏が選出された。
萩生田光一文部科学大臣から顕彰状を授与された高橋氏。モータースポーツ界では初の顕彰対象の選出となった。
高橋氏は二輪および四輪モータースポーツにおける長きに渡る自身の経歴を交えながら顕彰の喜びを語った。

 日本のスポーツ振興に対する功績が顕著な人材に対して、文部科学省は「スポーツ功労者」として顕彰している。この度、日本のプロスポーツ史上、特に優れた成果を挙げ、多年に渡るスポーツの向上発展に貢献した5名のプロスポーツ関係者が顕彰を受けた。

 ゴルフ界からは、日本プロゴルフ協会の推薦を受けた長田力氏(元日本プロゴルフ協会会長)、相撲では日本相撲協会からの推薦を受けた西野政章氏(元日本相撲協会理事)が選出。競馬の世界では2名が選出され、日本中央競馬会の推薦を受けた中村均氏(元日本調教師会会長)と武豊氏(JRA所属騎手)が顕彰されることになった。

 そして、モータースポーツ界からは、日本レースプロモーションの推薦を受け、JAFの理事を務めた経験を持つ高橋国光氏が選出されることになった。JAFモータースポーツ名誉委員の称号を持つ高橋氏だが、国内モータースポーツのプロスポーツ関係者としては初の選出となった。

 高橋氏は、1958年に第1回全日本モーターサイクル・クラブマンレースに18歳で参加し、350ccクラスで優勝。翌年には500ccのクラスに参加して優勝。世界大会にも進出し、優秀な成績を修めたモータースポーツ界のレジェンド的存在。

 レース中の事故を機に二輪レースを引退してからは四輪レースで活躍し、59歳で現役を引退するまでに二輪、四輪を合わせて71勝を記録している。現役引退後はJAFの理事や日本モーターサイクルスポーツ協会(MFJ)の理事を歴任。また、GTアソシエイションの会長を務め、二輪、四輪競技の発展に大きく貢献した。

 文部科学省旧庁舎の講堂で行われた顕彰は、実は3月9日に行われるはずだった式典が仕切り直されたもの。広い会場では受賞者、推薦者、プレスなどがソーシャルディスタンスを確保して出席。文部科学省の萩生田光一大臣、スポーツ庁の鈴木大地長官が臨席する中、厳粛なムードで顕彰が行われた。

 萩生田文部科学大臣は式典の始まりにあたり、以下のように挨拶した。

「スポーツは多くの国民に親しまれ、喜びを与えてくれる極めて価値の高いものです。新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、多くのプロスポーツが中止、延期または無観客での開催を余儀なくされております」。

「私達はこのスポーツがいかに日常生活に潤いを与える存在であるかということを実感させられると共に、プロスポーツの有する社会的価値を再確認しました。今はまだ多くの国民が日常生活に不自由を強いられる状況が続いていますが、このような中で、人々を元気付けてくれるのがプロスポーツであると考えます」。

「今月から、様々なプロスポーツが観客を入れて、順次再開されていきます。このプロスポーツに携わる方々にとって、選手、運営関係者、観客等の感染防止とビジネスの両立という極めて難しい課題に取り組まれることになりますが、ぜひとも英知を結集して成功に導いていただくことを期待致します」。

「文部科学省としても、業種別感染予防ガイドラインの作成や、スポーツイベント再開の支援を行って参ります」。

 顕彰式典では、5名のトリとして登場した高橋氏。確かな足取りで舞台に向かい、萩生田文部科学大臣からの顕彰状の授与に続いて、銀杯が授与された。

 顕彰を受けた高橋氏は、式典直後のマスコミの囲み取材において、次のように語った。

「本当にびっくりしているんですよ。まさかこんなきちんとした……言い方がおかしいな(笑)、大臣から顕彰を受けるなんて未だかつてなかったですし、モータースポーツ関係では初めてだということでありますしね」。

「やはり僕が少年の頃、モーターサイクルを乗り回すのが好きだった当時を思い浮かべるんですよ。日本の経済は敗戦後、母親はたくさんの子供を育てないといけないし、父親は朝から晩まで仕事でした。自分の両親もそうでしたから、そういう姿を思い出すと、自分は勉強もしないで、バイクいじりばっかりやってましたからね(笑)」。

「そんなところで、浅間山でクラブマンレースに出場する機会があって、第1回、第2回のレースで勝つことができました。そして今度は本田宗一郎さんとの縁で、本田さんがメイドインジャパンでナンバーワン、世界チャンピオンになるんだ、という気持ちで、社員や一般の方々も一丸となっている時期にホンダに入ることができました」。

「それで欧州へ旅立つことができましたが、もうカルチャーショックでしたよ。お茶漬けを食べていた人間がナイフとフォークですから(笑)。日本人とは何なのかを考えるきっかけにもなりましたよね」。

「それと同時に、マシンの性能とレースの難しさも痛感しました。あんな危ない、命がけの、恐怖のある状況は、本当にカルチャーショックでしたから。それで真剣に、日本人として、心を入れ替えてスタートしなければいけないんだ、と思い直せました」。

「一生懸命、速くなることを考えました。最初は怖くて怖くて、速くなんか走れませんでしたからね。モータースポーツのレベルの高さ、その文化があまりにも高いところにあることを感じて、本田宗一郎さんはすごいことに挑戦したんだと、つくづく思っています」。

「自分もそのマシンで日の丸を掲げることができたり、メイドインジャパンを謳えたり。ホントに素人が急にオリンピックに出場して勝ったような感じですよね。そういう文化がなかった日本には、東名ができたり、新幹線が通ったり、鈴鹿ができたりしました」。

「それは日本人の働き、自分の両親や先輩たちの働きが凄かったのでしょう。僕自身は、ただそれに付いていっただけ。ラッキーな人生を送れているなと思います」。

「この顕彰をもらったのもラッキーのひと言。自分ではなく、みんなが苦労したことでいただいた顕彰ではないかと思います。日本全国、今は海外でも日本人が一生懸命働いていますよね。今回は、そういう人たちの顕彰ではないかと思ってます」。

「今は世界が大変なことになっていますが、それに負けない、モータースポーツもパワーをアップして進んでいって欲しいです。二輪で言えばMFJ、四輪で言えばJAF。そして日本のレースチーム。世界で成績を上げ始めています。これで日本中が元気を出してくれるといいなと思ってます。僕はなんにもいらない。皆様の友情があればいいんです」。

高橋氏が理事を務めたJAFからは坂口正芳副会長が臨席。高橋氏、萩生田文部科学大臣と懇談した。
鈴木大地スポーツ庁長官と武豊氏の間に立つ高橋氏。スポーツ功労者には顕彰状と銀杯が贈呈された。
お決まりのサムアップで応えてくれた高橋国光氏。これからもモータースポーツ界を見守ってほしい。

フォト/森山良雄、JAFスポーツ編集部 レポート/JAFスポーツ編集部

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