4回目となる“富士24時間”で水素エンジン搭載車両が完走、カーボンニュートラル社会に向けて歴史的な一歩を刻む!

レポート レース

2021年5月31日

スーパー耐久シリーズの一戦で、国内唯一の24時間耐久レース“富士24時間”が2021年も52台を集めて開催。国内外の注目を集めた水素エンジンを搭載したトヨタ・カローラ スポーツも参戦、幾多のトラブルを乗り越えて完走でデビュー戦を飾った。

 2021年のスーパー耐久シリーズ第3戦「NAPAC 富士SUPER TEC 24時間レース(以下、富士24時間)」が5月20日~23日、富士スピードウェイを舞台に開催。今年で4回目となる富士24時間に集結した9クラス、計52台の中でもひときわ注目を集めた一台が、ORC ROOKIE Racing(以下、ルーキーレーシング)の32号車「ORC ROOKIE Corolla H2 concept(以下、カローラH2コンセプト)」だったであろう。ルーキーレーシングはトヨタ自動車(以下、トヨタ)の豊田章男代表取締役社長がオーナーとなっているプライベートチームで、カローラH2コンセプトは文字通り、トヨタが開発した水素エンジン搭載のカローラ スポーツだ。

 自身もMORIZO(以下、モリゾウ)選手としてカローラH2コンセプトのステアリングを握る豊田氏によれば「カーボンニュートラルの選択肢を増やすため、水素エンジン搭載モデルで参戦しました。いろんな“仲間”の協力のもと、モータースポーツのなかで実証実験を行いました」とのことで、世界で初めて水素エンジン搭載車両がモータースポーツの実戦にデビューしたのである。カローラH2コンセプトに搭載するエンジンは、GRヤリスにも搭載されている排気量1618ccの直列3気筒ターボを基に水素を燃料にすべく、燃料デリバリーシステムとインジェクション、プラグが変更されている。駆動方式はGRヤリスと同じ4WDで、水素を使って発電するFCV(燃料電池車)のMIRAIで使用されている水素タンクが2本と、それよりも小型のタンクが2本、計4本の水素タンクを収めた専用のCFRP製キャリアをリアシート部にマウントしている。

 ルーキーレーシングと共同でこのプロジェクトを担うGAZOO Racingカンパニーの佐藤恒治プレジデントは、GRヤリスのエンジンを使用したことについて「水素はガソリンより燃焼速度が約8倍も早く、燃焼室が高温・高圧になるので熱マネジメントが重要になりますが、GRヤリスのエンジンはモータースポーツ参戦を前提に作られているので高負荷でも耐えられます。それに直噴の技術を生かすこともできました」と語る。更にカローラ スポーツをベース車両に選択したことについては「水素ボンベを搭載するために、ある程度のスペースが必要だったことと、水素エンジンを普及させるためにはみんなが知っているクルマにしたかった」とのことだ。カローラH2コンセプトの参戦クラスは「STO(スーパー耐久機構)が参加を認めたメーカー開発車両または各クラスに該当しない車両」を対象にしたST-Qクラスで、32号車のドライバーは井口卓人選手、佐々木雅弘選手、モリゾウ選手、松井孝允選手、石浦宏明選手、小林可夢偉選手という豪華な顔ぶれ。ちなみにST-Qクラスにはルーキーレーシングの28号車として、GT4車両の開発を主な目的としたGRスープラ「ORC ROOKIE Racing GR SUPRA」も参戦した。

 カローラH2コンセプトのフィーリングについて、小林選手は「言われなければ水素エンジンだとわからないほど、ガソリンエンジンと変わらない」と語る。事実、その走りは、他のクラスのガソリンエンジン搭載車と変わりなく、エキゾーストもごく普通のレーシングサウンドを響かせていた。その一方で、カローラH2コンセプトのマフラーから排出されるのは水蒸気、ということも影響しているのであろう。通常、ピット内にはガソリン車特有の排気ガスの匂いが漂っているものだが、32号車のピットにその匂いはなく、長年、モータースポーツを取材してきた筆者には印象的であった。21日の予選が雨の影響で中止となったことから、アタックタイムは計測できなかったが、カローラH2コンセプトのレース中のラップタイムは、佐々木選手が記録した2分04秒059がベストタイムだった。気になるパフォーマンスとしては1分59秒台で周回したST-4クラスのトヨタ86よりやや遅く、2分4秒台をマークしたST-5クラスのロードスターと同等のレベルにある。

 同じパワートレインを搭載するST-2クラスのGRヤリスのラップタイムが1分56秒前後となっていることから、水素エンジンはガソリンエンジンに対して、いまだパフォーマンス不足は否めない。佐藤氏によれば「ガソリンエンジンと同じ最高出力を出せますが、今回はテスト参戦ということもあってパワーを抑えた状態です。水素のシステムで約200kgも重くなっています」とのことで、レーシングカーとして考えるなら、軽量化を含めてさらなる改良が必要となることであろう。加えて燃費性能も悪く、他のマシンが1スティントで約1時間から約1時間30分の走行を行う中、カローラH2コンセプトの航続時間は30分に届かず、11周から13周ごとにピットインして水素を充填していた。しかも、今大会では2台の移動式水素ステーションが持ち込まれていたのだが、1回の水素充填に要する時間は約8分で、これらに関してもさらなる改良が必要と言えるだろう。

 この注目のカローラH2コンセプトはナイトセッション中に起こった電気系統のトラブルのほか、足回りのトラブルが発生するなど、ニューマシンにありがちなマイナートラブルに苦戦した。それでも358周を重ね、デビュー戦となった過酷な24時間レース走破を果たした。レース終了後、モリゾウ選手は「今回の参戦は未来のカーボンニュートラル社会への選択肢を広げるための第一歩で、これをレースの場で、皆さんの目の前で示すことはできたのではないかと思います」と語ったが、まさに、カローラH2コンセプトが富士24時間で見せた走りは、水素エンジンの可能性を提示した一戦といえるであろう。

 カローラH2コンセプトは今後もスーパー耐久シリーズへの参戦を示唆していることから、レース参戦を通じてクルマの改良・熟成が進むに違いない。さらに水素の充填に関しても、より短時間で効率の良いシステムに仕上がっていくことも考えられる。デビュー戦となった富士24時間は車両が仕上がったばかりとあって、同排気量のガソリンエンジン搭載車両と勝負できる実力はなかったが、トヨタはハイブリッド車両を武器にFIA世界耐久選手権(WEC)で黄金期を築くなど常に新たなチャレンジに挑み、結果を残してきただけに近い将来、水素エンジン搭載車両がカーボンニュートラル時代のモータースポーツシーンを牽引していくことに、大いに期待したい。

カローラH2コンセプトは6名のドライバーで24時間を完走した。前列右から小林選手、松井選手、井口選手、佐々木選手、後列右から石浦選手、28号車GRスープラを駆った豊田大輔選手、そしてモリゾウ選手、ルーキーレーシング監督の片岡龍也氏、佐藤氏。
燃料となる水素の充填はピット外に特設された充填場所で行われた。今後のレースでは、水素の充填場所の確保も課題となりそうだ。
カローラH2コンセプトのエンジンルーム。水素を燃料として用いるが、他のレーシングカーと大きな違いは見られない。
運転席と水素タンクがある後席部分の間をカーボン製の隔壁で隔てるなど、万全の安全対策が多数施されている。
昨年の富士24時間では発売直後のGRヤリスのレーシングカーデビューをクラスウィンに導いたルーキーレーシングが、2年連続で注目のリザルトを残した。

フォト/遠藤樹弥、廣本泉、吉見幸夫 レポート/廣本泉、JAFスポーツ編集部

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