全日本ジムカーナの山野哲也選手が東京2020オリンピック聖火リレーに込めた想いとは
2021年7月13日
東京2020オリンピック競技大会の開催が目前に迫る中、聖火ランナーへの強い憧憬を抱いた人物が、その想いを実現させた。全日本ジムカーナ選手権で活躍する山野哲也選手が、聖火リレーで茨城2日目の第2区間最終ランナーを担当。今回、聖火ランナーへ応募した経緯から、走り終えての感想までを探ってみた。
2021年3月25日に福島県から始まった東京2020オリンピック聖火リレーは、全国47都道府県を121日間かけて巡っていく。その中の7月5日、茨城県2日目の聖火ランナーとして、第2区間の坂東市/常総市の最終ランナーを務めたのが山野哲也選手だった。山野選手といえば全日本GT選手権やスーパーGT、全日本ジムカーナ選手権でも数々の偉業を達成したプロドライバーである。
新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響により、2020年夏の東京オリンピック・パラリンピック競技大会は延期となった。仕切り直しての2021年夏、オリンピック・パラリンピック開催が決定する。それに伴って実施された聖火リレーでは、地域によって公道走行を中止したり、著名人らがランナーを辞退するなど、世論的にも賛否両論が聞こえる状況下ではあったが、山野選手はさまざまな想いを抱きながら聖火リレーの責を全うした。
山野選手が走る舞台となった常総市の「水海道あすなろの里」には、聖火ランナーたちの雄姿をひと目見ようと、一般観覧客が集まった。その観覧客の中には全日本ジムカーナ選手会の有志や、山野哲也ファンクラブ、関係者の皆さんなどの姿もあった。それら応援を目の前にして、山野選手は聖火ラン中にジムカーナ走行を模した華麗なサイドターン(!?)を披露するパフォーマンスで応えた。
そんな大役を務めた山野選手に、東京オリンピック競技大会の聖火ランナーとして何を想い、そして何を感じたのかを、後日直撃インタビューした。
――聖火ランナーへ応募したきっかけを教えてください。
「さかのぼること1984年、当時は親の仕事の都合でロサンゼルスに住んでいたんですが、この年はロサンゼルスオリンピックが開催される年でもあったんです。たまたま偶然、聖火ランナーが走るコースを通りがかって、初めて走っている姿を目の当たりにしました」
「白いユニフォームを着て、トーチから立ち上る炎と煙をなびかせながら颯爽と走る聖火ランナーの姿は、自分にとってショッキングな光景でした。とにかくかっこいい! また、その時の街の盛り上がり方も尋常ではなかったでしたね。このロサンゼルスオリンピックが大成功に終わったのは今でも印象深い出来事です」
「そんな経緯もあって、オリンピックの周知活動の一環として行われた“聖火ランナー”の存在には、鳥肌が立つほどずっと憧れましたね。いつか自分もこの大役を担ってみたい、聖火トーチを持って沿道の人々にオリンピック開催をアピールしたい、その想いを長年秘めていたんです。そんな折、たまたま東京2020の聖火ランナーの公募を見つけて。選ばれるかわからないけどイチかバチか応募してみようと思ったのがきっかけです」
――聖火ランナーに選ばれた時の気持ちはどうでしたか?
「そううまく自分が選出されることはないだろうなと思っていたんですけど、選ばれたのが分かった瞬間は『まさか!?』という感じでした。茨城県で選ばれたメンバーを見ると、著名な方もいらっしゃったので、自分が選ばれたこと自体がものすごくラッキーだったと思います」
「と同時にかなりの緊張感が走りましたね。ロサンゼルスに住んでいた高校生の時は、聖火ランナーって単純にかっこいいというイメージしかなかったんですけど、実際のところ、ギリシャ・オリンピアの太陽光で採火された炎を絶やさず日本全国を津々浦々回る、責任感ある役割だということを改めて感じました」
「でも、聖火ランナーとして選ばれたからには、とにかく自分に与えられた区間をしっかり走り切らなければならないとも思いました。その中で、モータースポーツやレースの世界で感じるプレッシャーとは全く異なった、オリンピックならではのプレッシャーを感じることもありましたね」
――聖火ランナーが決まった際の周りの反応はいかがでしたか?
「聖火リレーが行われる約1週間前の、オートスポーツランドスナガワで開催された全日本ジムカーナ選手権第5戦で、全日本ジムカーナ選手会の方々が横断幕をつくってくれていたんです。皆さんが応援してくれるということがとてもうれしかったですね」
「その横断幕には選手の皆さんを始め、主催者や観客の方々まで、ひとりひとりの応援メッセージが書き込まれていました。モータースポーツの領域でつくられた横断幕が、サーキットではない場所に飾られること、そして聖火リレー中に沿道で目線に飛び込んでくることを想像したら……選手冥利に尽きます」
「また山野哲也ファンクラブというものがあるのですが、そのメンバーの方々にも応援していただくことになりました。自分自身が過去に使用していたレーシングスーツやヘルメットを着たり掲げたりして、沿道で盛り上げていただけるそうで、とてもありがたく思いました」
――聖火リレーの本番までに準備したことや取り組まれたことは?
「まずショックだったのが、2020年夏のオリンピックは1年延期になりましたよね。延期になったぶん、聖火ランナーとしての緊張感やモチベーションを保っていかなければならなかったのが気がかりでした。大袈裟かもしれませんが、走るその日まで生きていなければいけないな、という気持ちになったのを覚えています」
「ランニングについては、日頃から近隣の公園や遊歩道で走っているので、特別に準備をしたわけでもなく、心配はしていませんでした。ですが、聖火リレー当日になって、足首が痛いとか膝が痛いとか、そういうことにならないように、普段から無理をしないようには心掛けていましたね」
――コロナ禍におけるオリンピック開催で賛否両論がある中、聖火ランナーの任を担うことの危惧や葛藤は?
「一切ありませんでした。理由は、オリンピックというものが開催される以上、とにかくアスリートたちに精いっぱい大会でパフォーマンスを発揮してもらうこと、それに尽きると思うんですね。自分自身、レースやジムカーナといったモータースポーツの頂点を極めようとして、いつもチャレンジをしていますから」
「アスリートにしてみれば、4年に一度のオリンピックに対する想いっていうのは、我々が思う以上に相当強いものがあると思われます。4年に一度の一発勝負ですよね、相当なプレッシャーでしょう。チャレンジする場がなくなること自体が、スポーツ界にとって、見ている観客にとってネガティブだと思うんです。東京2020オリンピックがぜひとも開催されて成功してほしいと願っていましたので、危惧することは何もありません」
――聖火リレーを走る時になにか意気込んだりしましたか?
「沿道にいる方々に対して、手を振ったり、目を合わせたり、笑顔でいたり……、いかにしてオリンピックが開催されるという実感を与えられるか、そういうことが大事だなと考えていました。これは絶対にやり遂げなければいけないな、と自分自身に言い聞かせていました」
――わずか200mほどの距離でしたが、走り終えた直後の感想をお聞かせください。
「もっともっと走り続けたかったな、というのが正直な気持ちです。叶うならば長い距離を走って、より多くの方々にオリンピックが開催されるんだよ、っていうことを伝えたかった想いはあります」
――聖火ランナーという貴重な体験をしたことで得られたものはありますか?
「応援してくれる人々の存在があって今の自分がいる、そういう気持ちをより強く感じることができました。応援してくれる方々はスポンサー、チームメイト、ライバル、観客だったりするわけですよね。応援してもらえる立場になった時に、自分自身の頑張りやパフォーマンスを今まで以上に引き出してくれ、精神的にいい方向に導いてくれるんだなと思いました」
――聖火ランナー“山野哲也”が伝えたかったこととは?
「4年に一度しかないスポーツの祭典、しかも東京で開催されるというのは、おそらく今後、自分が生きている中ではないだろうなと思っています。そういう意味で、とにかくオリンピックを見て、みんなで盛り上がってほしいという気持ちがあります」
「その一方で、アスリートたちは普段からオリンピックに向けて相当なトレーニングを積んできていると思います。ここまでに苦しい場面を乗り越えてきていると思いますので、アスリートの皆さんにも頑張ってほしいです。どんな競技のカテゴリーでも、挑戦者として自分のパフォーマンスを出し切って、やりきった感のあるオリンピックになることを祈っています」
――最後に聖火リレー当日に応援に駆けつけてくれた方々へメッセージを!
「皆さん沿道に集まって応援してくれて、ありがとうございました。とくに全日本ジムカーナ選手会は仲間ではあるけれど、ライバルでもあるんですよね。でもそんなライバルたちが横断幕をつくり、たくさんメッセージを書き込んでくれたことにはすごく感謝しています」
「また30年以上もの間、ずっと一途に応援してくれるファンクラブの方々にもお礼を言いたいです。長きにわたって応援していただき、ありがとうございます。横断幕を見ながら走って、とても励みになりました」
聖火リレー当日、沿道に駆けつけた全日本ジムカーナ選手会のPR担当のひとりである西野洋平選手は、「聖火ランナー姿を見て、やはり山野選手は“華がある”と改めて感じました。ジムカーナ界を牽引している山野選手に対して、選手の皆さんを代表して感謝の意を込めて応援できました」と語り、山越義昌選手は「沿道も盛り上がっていて、見に来てよかったです」とコメントした。
フォト/小竹充、加藤和由、東京2020組織委員会、JAFスポーツ編集部 レポート/JAFスポーツ編集部
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