世界最強チームから信頼されている証しは、HRC最前線の研究開発施設にあり!
2022年8月8日

2021年、FIAフォーミュラ1世界選手権(F1)でパワーユニットサプライヤーとしてワールドチャンピオンに輝いたホンダ。同社としてのF1参戦は2021年いっぱいをもって終了となったが、レッドブル・パワートレインズからの要請を受け、2022年も株式会社ホンダ・レーシング(HRC)がパワーユニットの製作および管理をサポートし、連戦連勝の活躍を見せている。そんな中、現体制を維持した形でレッドブル・パワートレインズの支援を2025年まで延長することを8月2日に発表した。
■大幅な体制変更を行ったにも関わらず2025年まで支援可能な理由
ホンダとしてのパワーユニット開発および供給は2021年いっぱいで終了した。当時、それらに携わっていた開発スタッフの多くは、これから本格化していくカーボンニュートラル化への開発にリソースを割くこととなった。ではなぜ、F1へのパワーユニット供給が今も続けられるのか、疑問になるところだ。
F1では、現在使用している出力を向上させる点におけるパワーユニットの新規開発が、2025年までレギュレーション上で禁止されており、それが要因として挙げられる。そのため、基本的には2021シーズンに使っていたスペックのまま、2025シーズンまで使用していかなければならない。ゆえにHRC側は製造と品質管理の部分を担う形で、継続して支援が可能となったのだ。
ひとつひとつのパワーユニットを正確に組み上げ、その後のパフォーマンス管理も徹底して行うHRCの働きぶりに絶大な信頼を置いているのがレッドブル陣営。2022年以降も引き続きリクエストを出し、支援延長という流れになった。
今回、パワーユニットの製造とパフォーマンス管理を担う、栃木県さくら市の「HRC Sakura」の内部が特別にメディア向けに公開された。各部に一切の妥協を許さないホンダ/HRCの設備とスタッフの熱意に、ただただ感銘を受けるばかりだった。


■パワーユニットの組み立てからレース現場までサポート。レース後にはX線検査も実施可能!
前述の通り、F1での現行レギュレーションにおけるパワーユニットの開発は終了し、設計図がすでにある状態だ。それを元にひとつひとつの部品が製作・調達され、HRC Sakuraの1階にある組み立てスペースでエンジンが組み上げられる。
基本的に1基あたり2名で作業にあたり、そこで使う工具も各ボルト専用のトルクレンチが用意されるなど、ほかのカテゴリーのエンジン製作とのレベルの違いも垣間見えた。そのエンジンが組み上がると、梱包されてサーキットへ発送される。併せて、現場での不測の事態に備えてHRCからもスタッフが現場へ訪れてサポートを行う。
F1は2週ごとに1戦というスケジュールで実施されるが、レースが終わるとすぐにHRC Sakuraにパワーユニットが送られ、何か不具合が起きていないかのチェック、レギュレーションに抵触しない範囲内でのメンテナンスが行われる。その際に一番活躍するのが最新鋭の機材が導入されているCT検査室で、ひとつひとつ丁寧に検査を行い、エンジン内部に小さな亀裂などが入っていないかをチェックする。
幾度となくテストが繰り返され、信頼性の確認も行われているパワーユニットであっても、レースの現場では何が起こるか分からない。さらに今シーズンを通して1台あたり3基しか使えないため、何かを見逃してレース中にトラブルが出てしまうと、チャンピオン争いに大きな痛手となってしまう。そういったことがないようにと、検査室を担当するスタッフたちは緊張感を持って作業にあたっているとのことだ。

■車体ごと設置可能な大型のベンチテストと、リアルタイムでパワーユニットの状態をチェックするミッションルーム
エンジンの開発・製作という点で有名な設備と言えば、組み上がったエンジンを実走行ではない状態で稼働させるベンチテストだ。HRC Sakuraでは「Real Vehicle」ベンチと呼ばれており、実走行の状態を少しでも再現するために、車体にエンジンを取りつけたかのような状態でテストができるベンチテストルームを持っている。
マクラーレンにパワーユニット供給をしていたころは、実際に車体に取りつけてベンチテストを行っていたそうだ。今はそこまで大掛かりなことはやっていないにしても、パワーユニットにつながる補記類などは、レッドブルがF1で使用しているものと同じものを利用している。少しでも再現度を高めて、より実践に近い状態でテストをしてデータ収集するためだ。
ベンチテストと言えば開発段階で重要な役割を担うのだが、それが許されなくなった今シーズンでも役に立っている部分はあるという。特にF1では、システム化されているローンチ(スタートダッシュ)の部分について、クラッチがつながった瞬間からの回転数の上がり方やトルクのかかり方などを見直し、シーズン中盤には飛躍的な改善を遂げ、レッドブルから感謝のメッセージが届くほどだった。
そのほかにも、シミュレーションデータに基づいてサーキットを実際に走っている想定でエンジンを回してテストをし、どこでどういった症状が起きるのかも逐一確認。可能な箇所は改善に努める。
一方、テレビ番組でも紹介されて有名になっているSakura Mission Roomも、このHRC Sakura内にある。ここではレッドブル、アルファタウリの首脳陣から各領域のエンジニアを始めとする現場チームとHRC側が直接やり取りできるように、専用のネットワーク回線を用意。レース中はリアルタイムでパワーユニットの情報共有を行っている。
このミッションルーム内の作業スペースに座らせてもらったが、目の前にはF1チームのプラットフォームで見られる複数のボタンがついた無線システムが各席に設置されていた。
ここでは、パワーユニットに関することを部門ごとに細かく分け、それぞれの領域のエキスパートがデータを管理。何かあれば、レース現場の同担当に直接話すことができるというシステムになっている。また状況に応じては、ドライバーに対してどのエンジンマッピングで走行させるかも、ここで決定して現場へ提案しているのだ。


■製作しているのはパワーユニットやエンジンのみならず
HRC Sakuraでは、F1のパワーユニット以外にも、エンジンや車体、部品などが開発・製造されている。中でも有名なのが、国内最高峰のレースであるスーパーGTだ。現在、NSX-GTで参戦しているホンダだが、そこで使用するマシンやエンジンの開発もHRC Sakuraが担っている。
そのために用意された数ある設備の中で、最も驚いたのが風洞だ。実際のテスト車両を用いて風洞実験ができるほどの大きな設備で、時速200km/hの状態を再現するために非常に大きなファンが取りつけられている。
ここでも実走行の状態を少しでも再現するためにムービングベルトと呼ばれる装置を導入。タイヤと地面を動かすことによって、マシン下面の空気の流れなども確認できるようになっているほか、マシンの角度をつけることで、正面だけではなく斜め方向から風が当たった時の影響なども確認できるようになっている。
通常時では時速200km/hまで再現可能だが、アダプティブウォールシステムというマシンの周りを覆う壁状の設備を使えば、時速288km/hの状態まで再現できるという。ここまで大規模な風洞設備は、おそらく国内でも指折りで数えられるか否かというくらいだ。
現在はスーパーGTのGT500クラスに参戦するNSX-GTの空力開発がメインとなっており、この日もテスト車両の99号車が設置されていて、おそらく2023年仕様に向けたテストが行われている雰囲気だった。ほかにも、現在国内外のレースで活躍するNSX GT3の車両開発で用いたり、かつてインディカーシリーズで各エンジンメーカーが独自で空力パーツを製作できた際に、その開発のためにこの風洞が用いられたのだという。


このほかにも、挙げれば切りがないほどの最新設備が揃っているHRC Sakura。改めて思うのが、世界一をつかむために、人材だけでなく設備面でも妥協をしていないという姿勢だ。そして、ここに携わる1人1人の技術者の努力があるからこそ、今シーズンのライバルを上回る安定感と速さを実現しているのだ。

フォト/本田技研工業 レポート/吉田知弘、JAFスポーツ編集部