世界に羽ばたいた! 夢に向かって邁進する松井沙麗選手の今
2024年5月10日
今季、FIAフォーミュラ1世界選手権(F1)に参戦するウイリアムズ・レーシングのドライバー育成プログラム『ウイリアムズ・ドライバー・アカデミー』の一員に抜擢されて注目を浴びた13歳の女性カートドライバー松井沙麗選手。その松井選手がヨーロッパから一時帰国し、4月20~21日に栃木県・モビリティリゾートもてぎ北ショートコースで開催された全日本カート選手権OK部門第1戦/第2戦の会場を訪れることを聞き、インタビューを実施。海外での活動の様子や将来に向けた意気込みなどを聞いた。
現在中学2年生の松井沙麗選手は、2019年にジュニアカート選手権FP-Jr Cadets部門にデビューすると、翌2020年には同部門で2勝を獲得。その後は同選手権のFP-Jr部門、地方カート選手権FS-125部門とステップアップを重ねながら、常にトップコンテンダーの一角に位置し続けてきた。
元々カートをやっていた父親の影響でカートを始めたのは5歳のとき。その1年後にはプロドライバーになることを夢見るようになっていたという。
「まだ小学校に入る前のことで、現実はそんな甘いものではないと分かっていなかったんで、頑張ればなれるって思ってたんです。本気でそう思ってました。カートが好きなので、やっぱり好きなものを職業にしたいって、そんな感じですかね」
そんな漠然とした憧れが、現実のものになる可能性を大きく膨らませたのが2022年のこと。FIAウィメン・イン・モータースポーツ委員会が女性レーシングドライバーの才能の発掘と育成を目的として推進する『FIAガールズ・オン・トラック - ライジングスターズ』にJAFの選考を経てノミネートされ、8名のジュニアドライバーの中からファイナリスト4名の中に名を連ねた。
その際、カートでの選考テストにマシンを提供していたイタリアのカートメーカー、カートリパブリック(KR)とのつながりが生まれ、松井選手はKRのワークスチームから国際レースに参加することになった。なおKRの創設者であるディノ・キエーザ氏は、ザナルディ、LHカートなど多くのブランドのカートをつくり上げ、成功させたトップエンジニア。自身が率いるチームでルイス・ハミルトン選手、ニック・デ・フリース選手、中村紀庵ベルタ選手らを国際レースのチャンピオンへと育て上げた名伯楽だ。
さらに、FIAガールズ・オン・トラック - ライジングスターズで活躍した松井選手の名前に目を留めたウイリアムズ・レーシングから、ウイリアムズ・ドライバー・アカデミーへの加入を打診するメールが松井選手の元に届いた。
「ウイリアムズの方からメールが来たのが、たしか2023年の4月か5月でした。本当か嘘かもぜんぜん分からなくて、周りの方々も詐欺じゃないかとか言っていたんですけど、ある方がKRのチームの方に連絡してくれて、それが本当のことだと分かりました。こんなチャンスはもう二度とないと思って、お誘いを受けることにしました」
現在の松井選手はヨーロッパをレース活動の中心として、KRのワークスチームからWSKスーパーマスターシリーズ(OKNJカテゴリー)、チャンピオン・オブ・ザ・フューチャー・アカデミー・プログラム(OK ジュニアカテゴリー)、FIAカート・ヨーロッパ選手権(OK ジュニアカテゴリー)に参戦。さらに9月のFIAカート世界選手権(OK ジュニアカテゴリー)への参戦も予定しているようだ。
また国内でも全日本カート選手権EV部門への参戦を目指している。まさにカート漬けの日々を送っている松井選手。彼女が通う学校は学外のスポーツ活動にも理解があり、中学1年生だった今年1月の3学期は公欠扱いにしてくれたのだという。
「親は一緒ではないんですけど、未成年は1人では向こうに入国できないので、保護者兼通訳の方がついてくださっています。家族と離れていても、今の時代はLINEだったり電話だったり連絡手段がいっぱいあるので、離れて生活してるって感じはしません。いつも通りって感じですかね」
「今年はテストとかを含めてスペインとかイギリスにも行ったりして、なかなか体力トレーニングをする時間がない中、ほとんど毎週カートに乗っています。レースでは、とくにウイリアムズ・ドライバー・アカデミーのアドバイザーがついたりとかいうことはないんですけど、やっぱりワークスチームなので、データロガーを見てチームの方でいろいろ教えてもらったりはしています」
「そしてウイリアムズ・ドライバー・アカデミーとして何かスペシャルなプログラムがあるわけではないけれど、専属のトレーナーさんや栄養士さんがついてくれて、体重制限だったりトレーニングをやっています」
「KRのワークスチームは前にキアン君がいて速かったので、ずっとKRのワークスに入りたいと思ってたんです。でも、まさか入れると思っていなかったので、入れたときはうれしかったですね。私はOKクラスではないので、テントはワークスチームとは別の、ミニとジュニア用の(サテライトチームの)テントなんです。だからワークスチームのテントの雰囲気は分からないんですが、私がいるテントのドライバーはみんなちっちゃい子ばかりですごく可愛くて、フレンドリーで居心地がいいですよ」
ただし、いざコースに出ると、そこには日本のレースとは別物の厳しい戦いが待っている。
「ヨーロッパで2回目のレースになったWSKでは、予選落ちがなかったから良かったんですけど、もし予選落ちがあったら決勝には出られなかったんじゃないかと思います。速さだけならOKNJではしっかり戦えるレベルだったと思うんですけど、やっぱりバトルとかスタート直後のポジション取りは、ヨーロッパのドライバーたちはすごくうまくて、そこは難しかったです」
「日本のレースだと、トップと2番手で逃げるために抜くのを待ったりするじゃないですか。それが海外ではまったくなくて、追いついたら抜くっていうのが当たり前なので、そこら辺はすごく学んだところでしたね」
2024年と2025年の松井選手は、年齢的にカートでのレース活動となる。彼女がその先に見据えているのが、F1のサポートイベントとして行われるフォーミュラレース『F1アカデミー』だ。F1の主導により、若手の女性ドライバーの育成と支援を目的として2023年にスタートしたF1アカデミーの2024年シリーズには、松井選手と同じウイリアムズ・ドライバー・アカデミー所属のリア・ブロック選手も参戦することになっている。
「今の一番の目標はF1アカデミーでチャンピオンを獲ることです。せっかく女性だけのレースができたので、そこには出たいし、出るからにはチャンピオンを獲りたいと思っています。そこに行くためには、まずカートの成績が重要だと思っています」
カートでの活動を続ける傍ら、松井選手はウイリアムズ・レーシングのF1レースにも帯同し、夢を膨らませている。
「昨年1回アブダビGPのパドックに行かせていただいたんですけど、そのときは走っているところや内側を見られなかったんですよ。でも、今年の日本GPでは走っているところも見られましたし、クルマもしっかり近くで見せてもらって、自分もここで走りたいなって強く思うようになりました。普通なら何十万円も払わないとパドックには入れないし、ましてやチームのピットの中なんて入れない場所なので、自分もちょっとはそこに近づいたのかなと思っています」
ただし、憧れが現実に近づくに従って、膨らんでくるのは期待ばかりではない。
「プレッシャーは半端ないですね。ウイリアムズ・ドライバー・アカデミーに入る前はすごく楽しみだったし、自分を知ってくださる方がもっと増えると思って喜んでたんですけど、実際そんな甘くはなかったんですよね。レースしてても名前はいっぱい呼ばれるし、毎レース緊張します。結果が悪かったらクビになっちゃうかもしれないっていうことは、毎戦思いながら走ってます」
このまま松井選手が順調にルートを進めたとしたら、F1アカデミーまでは女性ドライバーのために設けられたレースをステップアップしていくことになる。だが、そこから先は男女の垣根のない、さらに厳しい世界。果たして松井選手の覚悟は……。
「まずは女性のレースで上に進んで行くのが現時点での目標なんですけど、その先では、やっぱり女性に対して冷たい見方をする人もいるかもしれませんね。カートレースは周回数も短いので、まだ体力の問題も出てきてないんですけど、フォーミュラになるとどうなるか分からないので、そう言われるのもしょうがないのかもしれません。でも夢は諦められないので、そういう意見がどんどんなくなっていくように私が活躍できたらなと思っています」
松井選手の語り口は穏やかで朗らかなのだが、その言葉の端々には彼女の強い意志と、カートに乗り始めたころから変わらない“レース愛“がにじんでいる。
「F1だけじゃなくインディカーシリーズにも興味がありますし、WECやルマンにも出てみたい。私はできれば全部乗りたいので(笑)。F1アカデミーでチャンピオンを獲ったらそこから道が拓けると思うので、それこそ全部に出られたらいいなと思ってます」
素直に真っ直ぐに夢へと邁進する松井選手の活躍に、期待を込めて注目したい。
フォト/今村壮希、遠藤樹弥、小竹充、長谷川拓司 レポート/水谷一夫、JAFスポーツ編集部