牧野任祐選手が初夏のオートポリスで悲願のスーパーフォーミュラ初優勝
2024年5月23日

3月上旬に開幕となった全日本スーパーフォーミュラ選手権は、2か月のインターバルを挟んでオートポリスでの第2戦が開催された。予選で驚異的な速さを見せつけたのはルーキーの岩佐歩夢選手(TEAM MUGEN)だったが、決勝では抜群のスタートでトップに立った牧野任祐選手(DOCOMO TEAM DANDELION RACING)が終始レースをリード。涙のトップチェッカーを受け、悲願の初勝利を飾った。
2024年JAF全日本スーパーフォーミュラ選手権 第2戦
開催日:2024年5月17~19日
開催地:オートポリス(大分県日田市)
主催:APC、株式会社オートポリス
スーパーフォーミュラ選手権は開幕から2か月の間に季節が進み、第2戦となる5月のオートポリス大会はまぶしいほどの日差しが降り注ぐ快晴の下で開催された。エントリーは21名。ITOCHU ENEX TEAM IMPULはインディカーシリーズへの参戦が決定したテオ・プルシェール選手に代わり、IMSAウェザーテック・スポーツカー選手権に参戦中のベン・バーニコート選手が19号車をドライブすることになった。



予選
予選前の公式練習で速さを見せたのは牧野選手と岩佐選手。岩佐選手に0.18秒差をつけてトップタイムをマークした牧野選手は、予選でも速さをキープしてQ1のB組をトップ通過する。一方A組はチームメイトの太田格之進選手がトップタイムを奪い、DOCOMO TEAM DANDELION RACINGが好調さを披露。岩佐選手はこのQ1で太田選手に対して0.125秒差の2番手にいたが、ポールポジション争いのQ2で逆転。2番手に対し0.3秒差をつけて堂々のトップタイムをたたき出し、スーパーフォーミュラ参戦2戦目で見事ポールポジションを獲得した。
2番手は牧野選手で、3番手に入ったのは山本尚貴選手(PONOS NAKAJIMA RACING)。以下、阪口晴南選手(VERTEX PARTNERS CERUMO・INGING)、野尻智紀選手(TEAM MUGEN)、坪井翔選手(VANTELIN TEAM TOM'S)、そして太田選手と、7番手までが100分の1秒差程度で続く熾烈なスターティンググリッド争いとなった。注目のバーニコート選手は10台で争うQ1のA組に出走して9番手。総合結果から17番グリッドを獲得した。


決勝
決勝日の朝は風が強く、その分やや気温は下がる傾向に。30分間のフリー走行は強風で挙動を乱した木村偉織選手(San-Ei Gen with B-Max)と三宅淳詞選手(ThreeBond Racing)がそれぞれコースアウトを喫し、マシンにダメージを負ってしまう。決勝出場も危ぶまれた2台だったが、メカニックらの懸命な修復作業の結果、無事にスターティンググリッドにマシンをつけられたのだった。
朝の強風も昼過ぎには落ち着き、再び気温、路面温度ともに上昇。初夏の陽気のもと、41周の決勝レースがスタートした。抜群のスタートダッシュを見せたのは2番手スタートの牧野選手。これに、同じくスタートに定評のある山本選手が続いて1コーナーをクリアしていく。ポールシッターの岩佐選手はホイールスピンで出遅れて3番手に後退してしまった。岩佐選手の後ろには阪口選手、野尻選手、太田選手、坪井選手とスターティンググリッドとあまり変わらない顔ぶれが続き、序盤は大きな順位変動はなく周回数が重ねられていった。
先頭の牧野選手が10周目を終えたところで、タイヤ交換が可能となる。このタイミングで動いたのは2番手を走る山本選手と、6番手を走る太田選手。早めのピットインでアンダーカットを狙う作戦だった。作業を済ませてコースに復帰した山本選手と、見た目上のトップを走る牧野選手との差は約30秒。山本選手はこの差を削るべくフレッシュタイヤでプッシュする。一時は29秒を切るところまで差を詰めたが、タイヤ未交換組の車両に近づくと、これに引っかかる形でペースが下がってしまう。
牧野選手は安定したラップタイムを刻んで再び山本選手との差を30秒以上に広げ、24周を終えたところでピットイン。同じタイミングで2番手を走る岩佐選手もピットへと向かい、トップ争いはピット作業対決に。どちらもノーミスで作業を終え、牧野選手は山本選手と太田選手の前でピットアウト。岩佐選手はわずかな差で太田選手の後ろに入ることになり、フレッシュタイヤで太田選手、山本選手を追いかける展開になった。
すでに15周以上を走り、タイヤの摩耗が進んでいる山本選手にとって、ピットアウトしたばかりの牧野選手のタイヤに熱が入る前が勝負。2コーナーで一気に牧野選手の背後に詰め寄った。だが山本選手は後ろの太田選手、岩佐選手にも気を配らなければいけない状況で、なかなか牧野選手との勝負に出ることができない。その間に牧野選手はオーバーテイクシステム(OTS)も使いながらプッシュしてタイヤをウォームアップ。アウトラップを終えるころには山本選手との差を3秒に広げることに成功していた。
トップ3のバトルを見守っていた岩佐選手は、この後で勝負を仕掛ける。27周目に太田選手を捕えて3番手に浮上すると、そのまま山本選手の背後にも迫った。このまま一気に2番手に上がるかと思われたが、ベテランの山本選手はタイヤのコンディションでは不利な状況ながら、巧みなライン取りで岩佐選手の猛攻をブロック。両者の戦いは5周以上続いたが、33周目の最終コーナーで山本選手のテールに張り付いた岩佐選手がホームストレートで並びかけ、一気に山本選手を抜き去っていく。
残り8周でようやく山本選手を攻略した岩佐選手だったが、牧野選手ははるか13秒先まで逃げていた。最後までプッシュの手を緩めず差を削っていった岩佐選手だったが、牧野選手の独走状態は変わらず41周が終了。牧野選手はスーパーフォーミュラ参戦6年目にしてうれしいトップチェッカーを受けた。2位の岩佐選手は初表彰台獲得だが、優勝に一番近いポールポジションからのスタートだっただけに悔しい結果となった。
3位に入ったのは坪井選手。25周を終えたところでピットインし、牧野選手や岩佐選手よりもタイヤにマージンを持った状態で終盤に速さを見せた。ピットアウト後の28周目に阪口選手をかわすと、32周目の1コーナーで太田選手をパスして4番手に浮上。さらに、岩佐選手にかわされたばかりの山本選手にも襲い掛かり、34周目の100Rでアウト側から豪快に抜き去っていった。
これで3番手に上がった坪井選手はそのままチェッカーを受け、今季初表彰台獲得となった。岩佐選手、坪井選手に敗れたものの、4位フィニッシュの山本選手は開幕戦の3位に続いて上位入賞。以下、太田選手、阪口選手というトップ6に。スーパーフォーミュラデビュー戦となったバーニコート選手は13位フィニッシュで入賞とはならなかったものの、ファステストラップ獲得で爪痕を残した。






フォト/遠藤樹弥、吉見幸夫 レポート/浅見理美、JAFスポーツ編集部
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